サッカー選手 三浦知良の功績まとめ!キングカズのキングたる所以とは?



サッカー界に革命を起こし続けた男「キングカズ」こと三浦知良さん。

ゴールを決めた際のカズダンスは有名ですよね。

日本人で彼の名を知らない人はまずいないのではないでしょうか。
彼はサッカー界において決して欠かせない存在なのです。

彼がこんなにも凄いと讃えられる理由は何なのか。
それは彼の残した数々の功績にあるのです。

今回は三浦知良さんの功績をまとめました!

三浦知良さんのプロフィール

三浦 知良(みうら かずよし)

愛称:キング・カズ
生年月日:1967年2月26日
出身地:静岡県静岡市葵区
身長:177cm
体重:72kg
在籍チーム:横浜FC
配偶者:三浦りさ子

「サッカーの本場ブラジルでプロになりたい」という夢があり、高校をわずか8ヶ月で中退してブラジルに単身渡米。その後プロのサッカー選手となり数々の功績を残す。

サッカーを日本のメジャースポーツにした功労者!

「サッカーの本場ブラジルでプロのサッカー選手になりたい」という大きな夢を叶えるために、高校をわずか8ヶ月で中退し、ブラジルへ単身渡米した三浦知良さん。

そこからプロになるまでの道のりは決して楽なものではありませんでした。
時には日本へ帰りたいと思ったこともあったそうですが、それでも自らの夢を叶えるために必死で毎日を送りました。

そして、1986年2月、サンパウロ州の名門クラブであるサントスFCと自身初のプロ契約を結びました。
そこから何度目かの移籍先のクルーベ・ジ・レガタス・ブラジルではレギュラーとして大活躍し、ついに日本人初のブラジル全国選手権出場を果たしました。

そしてついに日本でJリーグが発足する運びとなり、三浦知良は1990年7月、日本でプレーすることを決断して帰国。
日本サッカーリーグの読売サッカークラブに移籍し、Jリーグが開幕。その後も様々な偉業を成し遂げることになるのです。

サッカーを日本に広めた1人であり、彼にとってとても大きな功績となりました。

日本代表としての実績

彼は日本に帰国してから日本代表として様々な実績を残しています。

彼の日本代表のデビュー戦は1990年9月のバングラデシュ戦。
その後は様々な大会でチームを優勝へ導くことになります。

彼の日本代表としての成績は、89試合55得点という成績になっています。
計算すると3試合に2点取っている計算となり、さすがキングとしか言えませんね。

特に、92〜93年にかけて出場した試合では何度もMVPを獲得しており、サッカーを知らない多くの人にも彼の名が知られることとなりました。

キングカズというあだ名の由来とは?

1993年に行われたワールドカップ・アメリカ大会アジア最終予選北朝鮮戦で活躍を見せ、翌日の開催地カタールの英字紙に大きく「KING KAZU(キング・カズ)」と書かれたことが始まりでした。

その後日本でもそのあだ名が浸透し、彼を紹介する報道や記事などでは「キングカズ」と表記されるようになったのです。

彼自身もキングという名に恥じないように、日々心がけているとのことです。

まとめ

2017年現在、世界最年長のプロサッカー選手として今もなお現役を貫いているキングカズこと三浦知良さん。

長年の現役生活の中には苦労もたくさんあり、人気者が故に心無い事を言う人もいたと思います。

彼が長年世界中の人たちから愛され応援される理由は、彼自身がサッカーを愛し続けていて、それが見ている人たちにも伝わっているからではないでしょうか。

これからもサッカー界の伝説の男として現役で活躍する三浦知良さんを応援していきましょう!



コメントを残す